東京地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決
原告 朴南鎮
被告 東京入国管理事務所主任審査官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「入国管理庁東京出張所主任審査官が昭和二十七年二月九日原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
原告は大正二年十二月一日朝鮮慶尚南道昌原郡上南面吐月里に本籍をもつ朴均の子として朝鮮に生れ、昭和十八年六月単身で本邦に渡来し、昭和二十年八月下旬一たん下関から京城に帰り、同年十月中再び単身で本邦に渡来し、以来本邦に居住している朝鮮人である。
しかるに入国警備官は原告が旧外国人登録令第三条に違反して本邦に入つたものと疑うに足りる相当の理由があるとして、昭和二十六年十二月十三日収容令書により原告を収容し、ついで入国審査官上野力一は原告が右旧令第三条に違反して本邦に入つたものと認定した。
原告はこれに異議があつたので、法定の期間内に入国管理庁東京出張所の特別審理官に対し口頭審理の請求をしたところ、同特別審理官近藤兵衛は口頭審理の結果、同年十二月二十五日入国審査官の前認定が誤りがないと判定し、原告にその旨知らせた。
原告は右判定にも不服であつたので、同日入国管理庁長官に異議の申立をしたところ、同長官は昭和二十七年二月六日異議の申立が理由ないと裁決し、その旨の通知を受けた入国管理庁東京出張所の主任審査官神保周三は同月九日原告に対し退去強制令書を発付した。
しかし入国管理庁長官のした右裁決は原告が東京C・I・C調査官に対して不法入国の事実を認めた自白を唯一の証拠とした前記特別審理官の判定を支持承認するものであつて、憲法第三十八条第三項の趣旨に違反するばかりでなく、原告は決して旧外国人登録令第三条に違反して本邦に入つたものでないから、前記退去強制令書発付処分は違法である。
その後行政組織の変更により入国管理庁東京出張所主任審査官は、東京入国管理事務所主任審査官として同一性をもつて存続することになつたから、被告東京入国管理事務所主任審査官小黒俊太郎に対し前記退去強制令書発付処分の取消を求める。
かように述べた(立証省略)。
被告代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。
入国警備官が原告主張のとおり原告を収容し、入国審査官上野力一が原告について原告主張のとおりの認定をしたこと、原告がその主張のとおり口頭審理の請求をし、入国管理庁東京出張所の特別審理官近藤兵衛が原告主張のとおり、右入国審査官の認定が誤りがないと判定し、原告にその旨知らせたこと、原告がその主張のとおり入国管理庁長官に異議の申立をし、同長官が原告主張の日異議申立が理由ないと裁決し、その旨の通知を受けた入国管理庁東京出張所の主任審査官神保周三が、原告主張の日原告に対し退去強制令書を発付したこと、行政組織の変更により入国管理庁東京出張所主任審査官が東京入国管理事務所主任審査官として同一性をもつて存続することになつたことは認めるが、その余の原告主張の事実は否認する。
憲法第三十八条第三項の規定は明らかに刑事裁判手続に関するものであつて、退去強制令書発付の適否に対する行政事件訴訟手続には無関係である。のみならず、特別審理官の判定、入国管理庁長官の裁決は、原告が東京C・I・C調査官に対して不法入国の事実を認めた自白を唯一の証拠としたものではなく、その他の証拠をも合せ考えてしたものである。
原告は法定の除外事由がないに拘らず、昭和二十五年八月頃朝鮮から本邦に入つたのであるから、原告が旧外国人登録令第三条に違反して本邦に入つたと認めたのは正当である。
以上の次第であるから本件退去強制令書の発付処分は違法でない。
かように述べた(立証省略)。
三、理 由
入国警備官は原告が旧外国人登録令第三条に違反して本邦に入つたものと疑うに足りる相当の理由があるとして、昭和二十六年十二月十三日収容令書により原告を収容し、ついで入国審査官上野力一は原告が右旧令第三条に違反して本邦に入つたものと認定した。原告はこれに異議ありとして法定の期間内に入国管理庁東京出張所の特別管理官に対し口頭審理の請求をしたところ、同特別審理官近藤兵衛は口頭審理の結果同年十二月二十五日に入国審査官の前認定が誤りがないと判定し、原告にその旨知らせた。原告は右判定にも不服をとなえ、同日入国管理庁長官に異議の申立をしたところ、同長官は昭和二十七年二月六日異議の申立が理由ないと裁決し、その旨の通知を受けた入国管理庁東京出張所の主任審査官神保周三は同月九日原告に対し退去強制令書を発付した以上の事実は、当事者間に争いがない。
原告の不法入国の点について被告のいうところは、原告は法定の除外事由がないに拘らず、昭和二十五年八月頃本邦に入つた、というのである。これに対して原告は、「原告は昭和十八年六月単身で本邦に渡来し、昭和二十年八月下旬一たん下関から京城に帰り、同年十月中再び単身で本邦に渡来し、以来本邦に居住している。」という。
原告本人の供述によると、原告は昭和十八年本邦に渡来し、昭和二十年八月下旬朝鮮へ帰つたことを認めることができるが、その供述中原告が昭和二十年十月から今日まで引続き本邦に滞在している旨の部分、証人金万有、朴重来、呉利童の各証言中原告が前から引続き昭和二十五年八月中本邦に滞在していたという点に符合する部分は信用することができない。
乙第四号証も、後に明らかにするように、原告の正当な外国人登録証明書とは認められないから、原告の主張を裏付けする証拠とすることはできない。
甲第三乃至第五号証、第六号証の一、二もその作成日附の日に作成されたものであることを信用することができない。また甲第十四号証の記載内容も信用することができない。
却つて乙第四号証と乙第九乃至第十三号証(証人吉岡慶治の証言によつて真正にできたと認められる)、乙第十五号証の一(証人垣内伊三武の証言によつて真正にできたと認められる)、証人垣内伊三武の証言とを合せ考えると、次のとおり認められる。
朝鮮人安孝七は外国人登録切替期間の最終日である昭和二十五年三月十九日に、京都府綴喜郡田原村の外国人登録係垣内伊三武に対し、朝鮮人二十一名分の外国人登録切替の申請をした。垣内は旧登録証明書のある十九名分について申請を受理し、新登録証明書を交付した。その中には朴南鎮名義のものもあつたが、垣内は申請に相当する本人の存在をたしかめることはしなかつた。その後垣内は安孝七にたのまれて、五回にわたつて右登録原票の写真と安が持つてきた別人の写真とを貼りかえてやつた。その第二回の折(昭和二十五年九月中)、前記朴南鎮名義の分についても別人の写真を貼りかえてやつた。その後同年十一月朴南鎮なる者が東京都葛飾区へ住居を変更した旨の届を出したということで、同区長から朴名義の登録原票の移送を求めてきたので、田原村役場では、朴名義の前記登録原票(写真を貼りかえたもの)を葛飾区役所へ送つた。そして原告が同区長から、写真を貼りかえた登録原票による登録証明書(乙第四号証)の再発行交付を受けた。
かように認めることができる(以上の認定に反する証人朴重来の証言は信用することができない)。
また乙第五号証(原本が存在し、真正にできたことに争いがない)乙第八号証の一(真正にできたことに争いがない)と証人上野力一の証言と弁論の全趣旨とを合せ考えると、原告は昭和二十六年十二月頃C・I・Cで取調を受けた際係官に対し、「自分は昭和二十五年八月二十日頃金子という者の船で元山を出発し、長箭につき八月二十五日頃長箭を出発、同月二十八日朝下関に到着、松原という家につれて行かれた」と述べたことが認められる。
以上認定の各事実を合せ考えると、原告は従前から引続き本邦に居住していて、正規の手続をふんで外国人登録を受けていた朝鮮人ではなく、昭和二十五年八月下旬頃朝鮮から本邦に入つて来た、と認めるのが相当である。
原告は「入国管理庁長官のした裁決は原告が東京C・I・C調査官に対して不法入国の事実を認めた自白を唯一の証拠とした特別審理官の判定を支持承認するものであつて、憲法第三十八条第三項の趣旨に違反する。」というが、憲法第三十八条第三項は、有罪とし又は刑罰を科する前提となる事実を認定する場合の規定であり、民事事件ないし行政事件においてある事実(それが同時に犯罪になるものであつても)を認定する場合に適用あるものでないから、原告の主張は採用することができない。(のみならず、証人上野力一の証言に弁論の全主旨を合せ考えると、特別審理官のした判定、入国管理庁長官のした裁決は、原告のC・I・C調査官に対する自白のみを証拠としたものでないことを認めることができる。)
原告の入国に法定の除外事由があつたことについては、何らの主張立証がない。
してみると本件退去強制令書の発付処分には違法の点はない、といわなければならない。
よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)